父が残した答えのない学び
父は、ちょうどコロナ禍の真っただ中に亡くなりました。
生涯を通じてさまざまな病気を経験し、晩年には「もう体はボロボロだ」とよく口にしていました。
それでも、父なりに考え、工夫し、さまざまな方法を試しながら生き抜いた人生だったと思います。父の子らしく、どこか観察するような目で見ていた娘には、そう映っていました。
平均寿命を超え、周囲から「長生きだったね」と言われる年齢まで生きた父。
そんな病気がちだった父の生き様が、私自身の医療への興味につながったのだと思います。
一方で、子どもの頃に父から受けた教育は、今思えば少し変わったものでした。
教育と呼べるものだったのかどうかも分かりません。
私がまだ小学生だった頃、父は当時としては珍しかったNECの初代パーソナルコンピューター「PC-8001」を、ある日ポイッと部屋に持ってきました。
そして、その使い方を教えてくれたのです。
今では、それが父から直接教わった、唯一ともいえることだったように記憶しています。
当時は、USBメモリもなく、データの保存には、音楽を聴くために使っていたカセットテープを利用していました。
パソコン本体とカセットテープレコーダー、モニター代わりのテレビを配線でつなぐ。キーボードからプログラムを入力する。
途中まで作ったものをカセットテープに保存し、必要なときに呼び出して実行する。
うまく動かなければ、どこが間違っているのかを探し、修正して、もう一度実行する。
その繰り返しを、私は一人で続けていました。
自分で原因を探し、試してみる。それが、私にとって当たり前の遊びであり、学びだったのです。
そして、父が亡くなった後のことです。
その翌年頃、日本の学校教育では、情報教育やプログラミング教育が本格的に進められるようになりました。
父が40年以上も前に私に与えてくれた学びが、時代を経て、学校教育の中でも大切にされるようになったのです。
そのことを知ったとき、何とも不思議な気持ちになりました。父は、何を思って小学生の娘にパソコンを使わせたのでしょうか。
単に新しい機械に触れさせたかったのか。それとも、自分で考え、試し、解決する力を身につけさせたかったのか。
今となっては、もう聞くことができません。
けれど、結果が出なければ原因を探す。
違う方法を考え、もう一度試してみる。
そんな行動が、いつの間にか私の中に染みついていることに気づきました。
それはパソコンだけではなく、医療への関心や、仕事、そして日常のさまざまな出来事に向き合う姿勢にもつながっているのかもしれません。
もちろん、やり直しの失敗もたくさんあります。
そこまで執着しなかったのは、上手く行かない事もある、分からない事もあると経験したからだと思います。
今月は、父の命日のある月です。
40年以上前、父が何気なく私に手渡した一台のパソコン。
あのときの経験が、今の私の「考え方」の土台になっているのだとしたら、それは父が残してくれた、大きな贈り物だったのかもしれません。
「お父さん、あのとき私に教えてくれたことが、今では学校でも大切な学びになっているんだよ」
今年は、そんな報告をしたいと思います。